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2015.10.26ロンドン調査報告会 第2部(ディスカッション)

『ロンドンと東京を比較してみる』

Presenters: 河西、北畠

 第1部のロンドンのラフスリーピング[注1]対策に関する発表を受け、第2部ではまずARCHより、参加者の皆様に「五輪・パラ五輪開催年を基準にロンドンと東京のタイムラインを比較すると、私たちは今このような状況に置かれていると言えるのでは?」という投げかけを行いました。これには、東京五輪・パラ五輪開催まで5年を切った今、ラフスリーピング問題のより良い解決という共通の目標に向け、皆で協力して動き出したいというARCHの思いが込められています。本記事では、この投げかけに用いたプレゼンテーション資料の一部を紹介します。会の当日いらした方もいらっしゃらなかった方も、皆様にARCHの提案をご覧いただけたら幸いです。

 

[注1] ラフスリーピングは路上生活や野宿状態のことを、ラフスリーパーは路上生活者のことを指します。

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◆ロンドンと東京は似ている?

 まず前提として、ロンドンと東京の面積およびラフスリーパー人口を比べました。東京23区の面積はロンドン中心部の面積の約2倍、ラフスリーパー人口は約3倍となっています(都全体と大ロンドン市全体を比べるとラフスリーパー人口は約2倍)。ラフスリーパーの人口密度が大きくは違わないことが確認でき、ロンドンと東京は比較がしやすい都市なのかな、と思います。何より、大都市問題と言われるラフスリーピング問題の対策に当たって、都と23区の協働がどうしても必要になるという東京特有の状況が、大ロンドン市とその中の特別区らの関係性とよく似ており、ロンドンがどのように協働を実現しているのかは非常に参考になる事例であると考えます。

◆ロンドンと東京のタイムラインを比べてみる

 この図は、ロンドン五輪・パラ五輪(2012年)と東京五輪・パラ五輪(2020年)の開催年を基準として、2都市でのラフスリーピングに関する動きをタイムライン上に並べてみたものです。黄色のマーキングは現時点の2015年を示しています。

 五輪・パラ五輪の開催地は大会の7年前に決定されますが、ロンドンでは開催地決定の翌年から支援団体らによるキャンペーンが行われ、それを受けて大会4年前に「2012年までにラフスリーピングを終わらせる(Ending rough sleeping by 2012)」という意欲的な目標が公的に掲げられました。そしてその翌年には、2012年目標を実現するため、様々な分野や異なる行政レベルの機関、民間の支援団体で構成される会議体LDB(London Delivery Board)が設けられ、以降LDB主導で様々なプロジェクトが実施されています。一方東京では、昨年都が「東京都長期ビジョン」の中で、2024年までに「全てのホームレス(ここではラフスリーパーという意味[注2])を地域生活に移行」するという目標を公的に掲げました。こうした点でも、ロンドンと東京は似た状況にあります。

 

[注2] 日本ではホームレス=路上生活者という用語の使われ方が一般的ですが、ホームレス状態、つまりホームがない状態というのは、例えばネットカフェ難民などの不安定な居住形態を含む概念です。ホームレス状態という語の持つ広い意味と路上生活との違いを明確にするため、この記事ではラフスリーピング(=路上生活、野宿)という語を終始用いています。

 私たちが現在いる2015年は、ロンドンで言えば公的目標を掲げる1年前、広い連携による会議体LDBを設置する2年前のタイミングにあたります。東京では既に公的目標が掲げられており、今から目標実現のための、広い連携による会議体の実現を目指してもまったく遅くありません。もちろんロンドンの真似をそっくりそのまますれば良いというわけではありませんが、ARCHはこうした会議体の設置、そしてその会議体を軸にした様々なプロジェクトの実施を皆で模索したいと考えています。

◆ロンドンと東京の数値目標イメージを比べてみる

 さてロンドンと東京どちらもラフスリーパー人口をゼロにするという意味合いを持つ公的目標を掲げたわけですが、目標年度までの数値削減イメージを図にすると上のようになります。ロンドンでは公的目標を掲げた2008年の統計で、年間約3,500人[注3]のラフスリーパーがいることが確認されており、2012年までにこれをゼロにする、というおおよそのイメージがあったと思われます。またロンドンでは、ラフスリーパーを「Stock(長期間路上にいる人)」「Returner(路上とシェルターや住宅を行ったり来たりしている人)」「Flow(初めて路上に出てきた人)」の3つに分類して戦略や事業を考えるのが基本となっており、LDBの会議の中ではStock・Returner・Flowの3タイプそれぞれを削減していくイメージが持たれていたようです。

 一方東京では、公的目標を掲げた2014年の統計で、ある日の昼間に約1,700人[注4]のラフスリーパーがいることが確認されています。「長期ビジョン」では、この数値を2024年までにゼロにすることが想定されていますが、ラフスリーパーの数は日中にカウントされる値が全てではない、ということに注意が必要です。段ボール小屋などを構えず、夜間のみ路上に出てくるラフスリーパーの人たちが多くいることは、支援の現場では経験的によく知られています。2024年までに「全てのホームレスを地域生活に移行」することを本当に目指すのであれば、1,700人よりもずっと多い数(※現時点では人数は不明)のラフスリーパーへの支援策を想定する必要があるのではないでしょうか。

 

[注3] ロンドンでは自治体や支援団体らが共通のオンラインデータベースを使用しており、ラフスリーパー個人ごとに路上アウトリーチチームとの接触や施設利用歴が記録されています。そのため、ある年に一日でも路上生活をした人の合計(=年間値)を割り出すことが可能になっています。

[注4] 東京ではある一日に目視で確認されたラフスリーパーの数(=瞬間値)が統計として用いられています。

 ここで、ロンドンでは目標設定以降、実際にラフスリーパー人口がどう推移したのかを見てみます。ロンドンではStock・Returner・Flowそれぞれに対応した事業(図中の「例」を参照)が精力的に展開されてきましたが、残念ながらラフスリーパー人口は増加しました。ラフスリーパー人口の大部分はFlow(路上への新規流入層)で、このFlowの人数を合計すると、7年間で実に24,000人以上の人々が新たに路上に出てきたことになります[注5]。これらの人々すべてが路上に定着していたら、今頃ロンドンのラフスリーパー人口はとんでもないことになっていたはずです。ここで重要なのは、ラフスリーパー人口削減の目標が達成されなかったということではなく、毎年路上から脱却する人と同時に、路上に新たに流入してくる人がいるということです。そういった意味では、ロンドンはFlowの人々が翌年以降も路上に定着するのを防ぐのにある程度成功したと言えるかもしれません。

 さて私たちは東京で、昼間の瞬間値である1,700人のラフスリーパーへの支援しか想定せずにいて、本当に良いのでしょうか?ロンドンでは、年間でStock・Returner・Flowの人たちが何人ずついるのか把握し、それぞれのグループに焦点を当てた支援事業を実施してきました。それでもFlow、すなわち新規流入層を減らせなかったというのが現実です。東京都が「全てのホームレスを地域生活に移行」するという目標を掲げるにあたって、少なくとも毎年新たに路上に出てくる人がいるという認識を持つことが非常に重要だと考えます。

 

[注5] Flowはその年に初めて路上に出てきた人の数を表しており、ある年にFlowに分類される人々とその翌年にFlowに分類される人々は必ず異なります(Flowだった人が翌年も路上生活を続けている場合、その人はその年の統計ではStockに分類されるため)。

 最後に、「ロンドンではFlowの割合が多くても、社会背景の大きく異なる東京や日本で同じ状況とは限らないのでは?」という疑問があるかもしれないので、日本の例を一つ参考程度にご紹介します。ARCHでは水曜パトロールの会との協働により、川崎市内のラフスリーパー人口についてStock・Returner・Flowモデルを採用した年間レポートを作成しています(※今年度中に公開予定)。上の図では2009年のデータを引用しましたが、ここでもやはりFlowが全体の約6割を占めており、ロンドンと大きくは状況が違わないことが確認できます。

◆まとめ ~ARCHからのご提案~

 五輪・パラ五輪を控える現在の東京は、公的な削減目標を掲げるなど、ラフスリーピング対策に関して一見類似した点が多いように思います。しかしながら、東京で用いられている統計値は昼間の瞬間値であり、これをもとに「全てのホームレスを地域生活に移行」するという目標を立てても、「昼間に路上で見られる人たちだけを移行する」という意味にしかなりません。東京で、真に「全てのホームレスを地域生活に移行」するビジョンを描いていくために、まず第一歩として実態把握のための調査を皆でしませんか?というのがARCHからのご提案です。ロンドンのようにラフスリーパー人口の年間値や新規流入層の実数を把握することは一朝一夕にはできませんが、少なくともより現実的な夜間のラフスリーパー人口をもとに、東京のラフスリーピング対策を皆で考えていくことが重要ではないかと私たちARCHは考えています。

ロンドン調査報告会でこのプレゼンテーションを行った後、東京で活動する支援団体や研究者、学生ボランティアなど多くの方々の協力を得て、夜間のラフスリーパー人口をカウントする企画「2016東京ストリートカウント」を立ち上げました。2016年1月中旬に実施予定で、ボランティアの公募も行っています。詳細は下記リンクをご覧ください。

2016東京ストリートカウント

2016年1月12日(火)~14日(木) 24:00-翌5:00

12日:渋谷区

13日:新宿区

14日:豊島区

※当日、各区での詳細なプログラムはご協力頂く支援団体との調整後、掲載いたします。

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